争族を避けるために
昨今では、相続におけるトラブル―特に、遺族間のそれ―を意味する、「争族」なる像後も市民権を得てきたように思われる。実際、専門家の間でもこれに該当するような状況が増えてきたという見方がある。こうした事情には、どのような背景があるのだろうか。今回はそれを探るとともに、遺族間のトラブルを避ける方法をいくつか紹介したい。
争族が増えている第一の理由として、家族間の序列が、少なくとも以前よりは目立たなくなってきたことがある。たとえば、戦前なら家督制度が基本であり、財産は長男が継ぐものという意識があった。長男が家を継ぎ、老後の親の面倒を見て、家を守っていくために家を継ぐ。その一方、娘は持参金の他はさしたる財産ももらわず嫁ぐという構図が一般的であり、それに反対する声は現在よりも少なかった。
しかし、戦後は兄弟姉妹、そして家族はみな平等という考えが徐々に広まり、ある意味ではドライに法定相続分(民法により定められた、それぞれの相続人が受け取ることのできる財産の割合)や遺留分(民法で定められた、相続人が最低限もらえるという財産の割合で、それがどの程度の額になるかは相続の状況により異なるものの、概ね法定相続分の半分)を主張するケースが増えてきた。そこで財産は、これまでのように家のまま残しておき、それを一部の相続人が継ぐという仕方での遺産分割はしづらくなり、自宅や金融資産は売却するなどして現金に換え、分割しようという風潮が目立ってきた。しかも、これは一部の資産家の間での話というわけではなく、自宅とわずかばかりの金融資産が全財産というような、いわゆる普通の家庭でも見られる話である。
相続が「争族」に転じる原因や、その顛末はまさしく当事者たる家庭の数だけあり、とても一言でまとめきれるものではない。逆に、スムーズにすんだ相続にはいくつかあの共通点があり、それは次の点に集約される。
第一に、被相続人が、予測されるトラブルを事前に察知し、予防策を講じていること。たとえば、相続人がもめないように、あるいは財産をどう処分するか、そもそもどういった財産があるのかについて困ることが無いようにと遺言書を認めておくことなどがこれにあたる。相続人がもめてしまうのは、なにも相続が発せしてからとは限らない。被相続人が肉体的、精神的に衰え、いつ何が起こるかわからない、という状況に陥ると、相続人は自分に有利に事が運ぶようにとあれこれ画策する。中には言葉巧みに被相続人を誘導し、自分に有利な遺言書を書かせるというケースもあるようだ。
ところが、このように遺族の息のかかった遺言書には、問題点もある。まず複数の遺言書が作成されてしまう危険があること。たとえば、身体が不自由になった被相続人を、手となり足となって支えていた娘に対し、「自分を世話してくれた娘にせめてものお礼をしよう」という親心から、彼女に多くの財産を分ける遺言書を準備していたとする。そこへ長男が口を出し、長女は学費や持参金、結婚資金など、金銭面で自分よりも優遇されていた、むしろ財産をしかるべき額もらいたいのは、扶養家族が多く、ローンも抱えている自分の方だと主張する。その言葉に動かされた親はやはり親心から、今度は長男に有利になるような遺言書を作成してしまったとする。もし二通とも正当な遺言書と認められた場合、話は厄介で、ドチラノ遺言書に沿って遺産分割をするか、遺族双方が弁護士を立てるなどして、裁判沙汰にまで発展してしまうことにもなりかねない。
この最悪の事態を避けるためにも、被相続人は、生前、それも自分の意志のみで財産の分与の仕方について判断できるような、心身ともに健康なうちに自分の財産をどうするかについて、明確な意思表示をしておくことが望ましい。ただやみくもに遺言書を残せば容易というのではなく、元気なうちから早めに対策しておくことが円満な相続につながるのだ。
さて、これまで遺言書を作成するよう勧めてきたが、ただやみくもに遺言書を残しても逆効果であり、意味があるとは言い難い。そこで、遺言書を作成するうえで注意すべき点をいくつかあげておこう。
まず、遺言書を作成するときは、遺族に相談してはならない。財産を分けるにあたって、一般に望ましいのは平等に分けることとされる。すなわち、配偶者や子供など、被相続人との血縁関係の濃さによらず、一律一千万円ずつ分け与えるというような分け方がそれだ。ところが、現実にはこう単純に事が運ぶことは少なく、そもそも何をもって平等とするかについて、意見が分かれることになる。ある相続人には土地を残し、別の人にはその価値に匹敵する額の預貯金を与えもう一人には株式を譲り……というような相続をしたとしても、一部から「家をもらったり住むことができるが、お金は使ってしまえばそれでおしまい。土地と違って価値が上がることもないのだから、地価が上昇傾向にある昨今の状況を考えれば不公平ではないか」などと横やりが入ってしまえば、平等という錦の御旗は揺らぐことになる。また、どのような財産を受け取るかについて、それぞれの相続人の希望もあるだろう。そんな中、遺産分割について相続人に意見を求めたらバイアスがかかるのは自然の理。そのため、被相続人はあくまで相続人に頼ることなく遺言書の作成を進めなくてはならない。
被相続人の願いは残された家族が平らかに暮らすことのはずで、遺産もそのために用いてほしいはずだ。それなのに自分の遺産を巡って骨肉の争いが起きたのでは文字通り故人も浮かばれない。遺産を相続した後も遺族が平穏な暮らしを送れるかどうかは、被相続人の相続対策いかんにかかっているのであり、軽率な行動は許されない。
子供のいない夫婦の一方が亡くなった場合、その遺産すべてを配偶者が自動的に相続できるわけではない。子供がいない場合の法定相続人は、配偶者と被相続人の父母(または祖父母)、父母が他界していたら被相続人の兄弟姉妹が代わりに相続人となる。
まず、被相続人の父母が健在であった場合、その法定相続分は三分の一。ここで問題となるのが、本来相続人でないはずの、被相続人の兄弟姉妹が相続に介入してくるときで、たとえば「お父さんお母さんの生活は安定しているし、それほど多くの財産が必要とは思えない。けれど、自分の生活はひっ迫していてローンで首が回らない状態。将来子供を育てるのに何かと要り用になるはずなので、今回の相続でもある程度もらっておきたい」と主張するような状況がこれにあたる。これを予防するには、少なくとも遺留分を下回らない範囲で父母の財産を確保するような遺言書を書いておく必要がある。
次に、兄弟姉妹が相続人となった場合について考えよう。彼らの法定相続分は全体の四分の一だが、遺留分はない。したがって、遺言書の内容次第では、彼らには一銭たりとも財産を受け取る権利がないというようなこともありえるのだ。もちろん、遺言書が無いと通常通り、法定相続分を主張することができるため、トラブルの火種がつくことにもなりかねない。それを防ぐためにはやはり遺言書を準備し、兄弟姉妹にどの財産を相続させるかしていするとともに、遺言執行者(遺言書の内容通りに遺産分割したり、この認知を行ったりといった手続きを実行する人物。通常、司法書士や弁護士などの士業の人物がなるが、裁判所に依頼し、選任してもらうこともできる)を指定しておくとよいだろう。
再婚した人は、現在の配偶者やその子供だけでなく、先妻(との間に生まれた子供)についても配慮して遺産分割を指示する必要がある。入籍している配偶者には財産の半分を相続する権利があるというのはよく知られていることだが、婚姻期間については定めがないというのは意外と周知のことではない。つまり、入籍した次の日に被相続人が故人となったとしても、配偶者には二分の一の財産を受け取る権利が保証されるのだ。
一方、先妻の子供も再婚後に生まれた子供と平等な相続権があるものの、後妻の思慕時における財産を前者が受け取ることはできない。すなわち、夫Aが亡くなった時には先妻の子供Bと再婚した妻との間に生まれた子供Cは、いずれも財産を受け取ることができるものの、Aの妻、つまり後妻が亡くなった時はCには財産を受け取る余地は残されていない。また、再婚後に子供が生まれていなければ、後妻が相続した分は彼女の両親や兄弟姉妹など、被相続人の子供とは全く血縁のない人物が相続することになる。これでは先妻の子供たちが不幸だと思うならば、やはり遺言書で、彼らが多くもらえるよう指定しておくことが肝要になる。
最後に、後妻につれ子がいたとしたらどうなるか。結論から言うと、法定相続分に従えば、彼らに財産を受け取る権利はない。そこで、もし彼らに財産を残したいと言うなら、遺言で遺贈するか、養子縁組をしておく必要がある。もちろん、どんな場合にも母親が養父から相続した財産については相続権が認められる。養子縁組は手続上の煩雑さなどのイメージが手伝ってか敬遠されてしまいがちだが、特に再婚している場合は相続対策の有効な手段となりうる。当てはまる方は検討されるとよいだろう。
一般に、遺言書は財産の指定と分割方法の指示を行う書面と思われがちだが、遺言書でできるのはそれにとどまらない。ここでは、これまで述べてきた以外の遺言書の効力についておさらいしておこう。
(1)身分に関する遺言事項(法的な拘束力を持つ遺言書の内容)。非嫡出児(いわゆる私生児)を認知したり、後見人・後見監督人を指定したりすること。後見人とは未成年者の生活を管理・サポートする人物のことで、後見監督人は後見人の活動を見守る人のこと。
(2)相続に関する遺言事項。遺産分割の禁止(遺産分割を最高五年まで先送りすること。一切相続させないことではないので注意)、相続人相互の担保責任の指定(共同相続人の誰かが取得した財産に瑕疵がある場合、他の相続人はそれぞれの相続分に応じてそれを補填しなくてはならないが、その負担の割合を指定すること)、遺留分の減殺方法の指定(遺留分を侵害された相続人が、その埋め合わせを求めること。その埋め合わせをどうするか指示できる)、相続人の廃除または取り消し(不適格と思われる相続人に財産を渡さないこと。被相続人を虐待した、あるいは著しい非行があった相続人候補となる人物の相続権を無くすための審判を請求すること。審判は、家庭裁判所にて行われる)。
(3)財産の処分に関する遺言事項。遺贈(法定相続人以外の人物に財産を譲ること)や寄付の宛先や金額、方法を決められる。
(4)その他の遺言事項。遺言執行人の指定や、さらにその指定をだれに頼むかを指定することができる(執行人の指定の指定)。
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