相続手続

相続の専門家

相続に直面されている方、あるいはこれから経験する方の中には、相続で苦心惨憺たる思いをした人の体験談などを聞いて尻込みし、やはり専門家に任せようかっしら、という考えが脳裏をよぎったこともあるだろう。それも選択肢の一つなのだが、忘れてはならないのは、専門家といっても万能ではなく、臨機応変に適当な専門家を選び、しかもその人にふさわしい職務を任せなくてはかえって事態が紛糾してしまうということだ。ここでは、相続の専門家を挙げ、その人の役割を紹介するとともに、誤った依頼の仕方について注意を促しておこう。

弁護士は、相続を扱ったテレビ番組でもおなじみであり、彼らが相続にかかわることはご存知の方も多いだろう。弁護士の求められることの多い役割は遺言書執行人というもので、これは読んで字のごとく、故人の残した遺言書の中身を検討し、その内容通りに遺産分割や相続人の決定などを行うことだ。

ただ、弁護士の役割はそれにとどまらない。そもそも彼らは法律の専門家である以上、争いや調停の場で依頼者の代理人となり、彼らを支え励ますのも大切な役割のはずだ。当然、これは相続についてもあてはまることで、遺言書の内容に一部の遺族が不満を唱えたり、そもそも遺言書が無く、どうやって遺産分割すればよいのかもめた場合などに登場することになる。

とはいえ、逆にいえばもめさえしなければ弁護士の出る幕はないということであり、たとえば彼らが遺言書の執行人となっている場合、その仕事はあくまで遺言の執行。それ以上のことは引き受けてもらえない。遺留分減殺請求を起こされると、請求された相続人は弁護士に依頼して解決を図りたいと思うかもしれないが、遺言執行人の弁護士がその依頼を引き受けることは弁護士法で禁止されているため、そもそも弁護士には仲裁することはできない。

前述の通り、弁護士の役割には限りや制限があるのだが、では遺言書執行以外ではどのように活躍してくれるのか。一般に、弁護士に依頼しなくてはならない、あるいは依頼した方がよいとされるのは次のような状況下においてだ。
・認知症などで、本人の意思能力が低下したとき
・弁護士が成年後見人となっている場合
・相続人同士でもめてしまい、遺産分割協議ができないとき

だが、もしこのような事態に陥ったとしても、安易に弁護士に頼ると逆効果となることもある。というのも、弁護士の仕事はあくまで一方の相続人の主張を聞き、そのいい武運がなるべくとるように最善を尽くすことであり、双方の歩み寄りを促すことではない。つまり、一方が有利になるよう働きかけはしてくれても、双方の利益になるような解決策を提示してくれることは、原則として望みえないし、それは弁護士本来の役目ではない。

また、相続人同士で話し合う機会を持たず、妥協点を見出し得ないままに弁護士の主張や勧めに従うままに手続きを勧め、調停や裁判で争ったとしても遺族の間の溝は深まりこそすれうまることはない。実際に、弁護士に任せたばかりに遺族の関係がこじれてしまった例を挙げてみよう。

代々地主を営むM氏は地元の名士であり、彼が亡くなると、長男のJは顧問弁護士や税理士に加え、テレビ出演の経験もある弁護士もそろえて万全の相続対策を行おうと思い立った。相続財産は不動産の他に賃貸管理業の法人もある。相続人は彼とM氏の配偶者、長女の三人で、家族中は良好であったため、何事もなく相続は完了すると思われた。

しかし、公正証書遺言に不備があり、遺産分割協議をする頃になってから三人の関係はぎくしゃくしてきた。遺言には貸宅地を娘に相続させるとあったのだが、不動産を相続したいJは、長女に現金を渡して譲ってもらおうと考えた。そこで件の弁護士に相談したところ、彼は依頼人たるJの意向を優先するあまり長女の主張を聞き入れず、強引に押し通してしまった。

自分が不利と悟った長女は母親と相談し、自分たちは自分たちで、別の弁護士を立てることにした。こうして、両陣営の対立はますます深まることになった。

困ったJが他の専門家に相談したところ、土地の評価をし直せば、相続税が節約できるというアドバイスを受けた。母親の取得割合を多くすると、配偶者の特例により、非課税枠が拡大されるとのことだ。しかし時すでに遅し、すでに分割案に従ってJが不動産の大部分を相続してしまっていたため、特例を活用する余地は残されていなかった。結局、母親と長女は土地をほとんど相続できないままに終わってしまったのだ。

土地の分割案は弁護士が作り、相続税の申告や対策は税理士が引き受けていた。本来であれば二人は協力し、相談しつつことにあたらなくてはならないのだが、二人のプライドと自信が邪魔をして、それができなくなっていたのだ。

土地の分割はもはや出来ないと知った長女は精神疾患っを抱えてしまい、ノイローゼになってしまった。彼女の体調は、相続が終わって数年たった今も万全ではない。円満だった親子きょうだいが、専門家任せの相続を行おうとしたばかりにばらばらになってしまい、もはや取り返しがつかなくなってしまった。

もう一つ実例を示そう。Kさんは五人兄弟の次男であり、父親は郊外で農業を営んでいた。父親が亡くなったとき、財産は母親が半分を受け取り、あとの半分は10分の一ずつ、子供たちで分けることにした。ここまでは、何事もなく話が進んだ。遺産の現金換価、分割などの手続はKさんが弁護士との相談しつつ実行し、滞りなく終了した。

ところが、数年後に突然、相続を担当した弁護士から通知が来た。曰く、母親から財産管理の委託を受けたので、預貯金などを引き渡してほしいとのこと。また、遺産分割についても母親の知らないままに済まされてしまい不満だと言うのでやり直してほしいとのことだった。

Kさんは遺産分割をする前に、それが平等な分け方になること、家族に相続税がかからないよう委曲を尽くしての決断であり、実際に節税効果があることなどを委細を尽くして説明し、母親はじめ、遺族の了承を得ていた。また、母親の財産を守るために、彼が母親の預貯金や不動産を管理し、適宜報告することも忘れないようにしていたのだ。この点で、Kさんには全く落ち度がない。

しかし、長男と三男が結託し、どうやら母親に吹き込んだようだ。実際、やましいことは一切していないとはいえ、管財人として母親の財産の処遇を決めていたのはKさんであり、はた目からは母親の財産を横領していたように見えなくもなかった。そこへ二人のきょうだいはつけ込んで、Kさんの相続財産を手放させるよう仕向け、自分が横領しようと画策したのだ。

結局、Kさんも弁護士に依頼して対処するしかなく、裁判となってしまった。訴訟は二年の長きにわたって続き、弁護士費用や裁判費用がかさみ、相続財産は大きく目減りしてしまった。のこされたのは兄弟間の対立と、減額された財産ばかりとなってしまった。

この話からもわかるように、弁護士は依頼人を擁護し、その主張に沿って事が運ぶようにするのが職務であって、たとえ相手が他に不備が無くても、わずかなすきをついて攻め入らなくてはならない。つまり、彼らは依頼人の味方であって必ずしも正当な立場にある者の味方ではない。そのことを念頭に置き、遺産分割を自分に有利にしたいからと、むやみに弁護士に依頼することは避けたほうがよい。